不破雷蔵のネフローゼ闘病記ケータイサイト
[32]12月29日(水)。入院29日目。体重84.9kg。(第三章:12月23日〜12月31日・迷惑な隣人、K氏。そしてT氏は)

消灯時間を無視し、しかもイヤホンをつけずにテレビを見ることがままある隣のK氏。昨日は見舞いに来た親族に注意されて嫌々イヤホンをつけていたのだが、朝方すでにその事を忘れていた。あるいは意図的なのか。イヤホンをつけずに聞いたほうが楽なのは確かだが、病院は共同生活を営む場所であることも自覚してほしいものだ。そんなに自由にテレビを見たいのなら個室に移動しろとでも言いたくなる。

K氏の早朝迷惑テレビ閲覧と前後し、大勢の医者らが廊下を走る音に目が覚める。いつものナースコールによる呼び出しとは雰囲気が違う。看護師が複数、さらには普段夜中は来ることの無い医者までもが数人通り過ぎるのが窓越しに見えた。家族への連絡云々という言葉も聞こえたので、近くの病室の患者の容態が急変したようだ。さらにしばらくすると看護師の「Tさんがんばって」という声さえ聞こえてきた。と、いうことは前に隣のベッドにいたT氏の容態はかなりまずいのか? 短い間だったが同室にいた患者なだけに、少々心配になる。

色々などたばたであまり寝付けなかった夜が明け、起床の時間になるとすぐに採血。だが今回採血する看護師も注射を打つのが上手でないらしく、何度も失敗する。挙句に「血管が細いみたいですね」とごまかしの言葉。それはそうかも知れないが、これだけ何度も失敗するのはむしろ得手不得手の問題じゃないかなと思う。やはりこういうのは本物の患者相手に何度も経験し、自分の時のように失敗を繰り返しながらでしか腕が上がる方法はないのだろうか。

朝食はご飯、味噌汁、ちくわ煮込み、煮干、黒豆、海苔。

異様に寒いと思って窓側のカーテンを開けてみると、外は雪だった。これでは今日の外出は無理。雪の中、入院患者が散歩するなど、冗談にもならない。ナースセンターに今日の外出を明日に繰り延べることを告げる。

散歩外出の延期で少々落ち込んでいると、がらがらという音と共にストレッチャーが廊下を移動しているのが見えた。押しているのは初めて見る初老の医師。朝方大騒ぎしていたT氏の病室の方からだ。

ストレッチャーの上には何か大きな細長いものが載せられ、その上に遠目でも普通の布団などに使われているのよりずっと高級そうに見える、シルクのような白い絹のような布が全体にかけられている。自分の目の前を通ったのは時間にして数秒、長くても10秒くらいだったかもしれない。だがそのイメージは異様に長く、ゆっくりと時間が流れているように感じられた。スローモーションを見ているかのような錯覚にさえ陥った。

一瞬の後、あの細長いものがT氏ではないかという、嫌な、だが可能性の高い思いが頭をよぎる。ストレッチャーの後に顔を真っ赤にはらし、ハンカチで目をおおいながら通り過ぎる二人の顔を見て、その想像の正しさがより確かなものとなってしまう。二人のうち一人は前にT氏の見舞いで見た事があるからだ。

もしかすると単に集中医療室へ移動するだけかもしれない、と良い方向への想像もしてみる。だが、移動するにしても顔を隠す必要はないわけで、布で顔を含めて全体を覆うはずが無い。それに病室などへの移動の際は准看護師が手伝うのが普通。見たこともない医師が出てくるのは説明がつかない。

断言も出来ず確認も不可能、だがそこに人の死があった。数日前まで自分のそばにいて、話もしていた人の、死。

病院という施設の性質上、死に遭遇する確率は普段の生活におけるそれよりも高いかもしれない。だが実際に目にすると、やはりショックであることは否定できない。

昼食。海老ピラフ、わかめとミニトマトとレタスのサラダ、きゅうり単品、ジュース、いちご。

准看護師が何度か廊下を行き来しながら荷物を運び出しているのが見え、何気なくT氏の個室をのぞいて見ると中はすっかりきれいになっていた。入り口の扉のそばにある、名前のプレートも外されていた。そこには朝まで確かにT氏がいた。そして今は誰もいない。がらんどうになった病室が、何か悲しさを物語っているようで、やるせない気持ちになった。

巡回に来た医者に、回復傾向にあると検診の結果を伝えられる。体重も順調に減っているし、自分自身の病状は良い方向に向かいつつあるようだ。

大雪のせいかテレビの映りが悪い。特に、毎日見ている経済ニュース番組のチャンネルはノイズだらけで見れたものではない。ナースセンターに問い合わせてみるが、「雪のせいじゃないでしょうかねぇ」とへらへら笑いながら答えられる。今日はあきらめよう。

夕食。ご飯、しゃけ、大根おろし、いんげんと黒ごまの和え物など。


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