本当のところはどうだか知りませんが、私がUltima: ORIGINに対して支持する説は、私達はたびたび起こる死に対して人々に恐れを抱かせたくない、ということです。もし人へ英雄的で冒険的に感じさせ、危険を負わせたいのであるなら、死のなりゆきは、その死と一致した危険を冒す価値があるよう彼らへ感じさせねばなりません。もしモンスターが自由に徘徊し、巨大でゾーンのない世界にしたいのであるなら、死は、誤った時間の誤った場所でも歩き回れるよう十分優しくせねばなりません。道に迷い、Ettinの地へ踏みこんだがために死ぬことは、その死のなりゆきが時間を浪費しないものであれば、それは楽しいことなのです。
一方、死はある点でいくらかの刺激を持たねばなりません。私達の腐敗システムは、プレイヤーへある程度の危険を負わせることになるが、最初の大きな過ちを冒した後に抑えていると考えています。もちろん、ひとたびベータになれば、プレイヤーがルールに対して本当にどう反応するのか、私達はより具体的に知ることになるでしょう。
多くのゲームは、たった1つの過ちでプレイヤーを厳しく罰するようデザインされています。それはある程度のジャンルでは受け入れられるものですが、探究がMMPRPGの重要な部分である(さらに、ある一定の死の直前へただ単に戻すことは出来ない)とすれば、そのルールは探究と試みを奨励させるようにせねばならないと思うのです。