人がよく「あのさあ、____をすることって本当にそれほど難しいのかい」と訪ねるとき、私はこのことを見つけました。チームの外、エンジンの制限の外、スケジュール、バランス問題、技術的な必要事項の外などからプロジェクトを見ることはよく、最も正確ではない見解になるのです。
Ubiqは少し前、三人称が適した視点だと述べました。彼は、私達は「ある程度のデザイン上の決断をしたと同時に、三人称視点の最もよい面を本当に獲得しました。とにかく、自分自身を見ることが出来なかったら、クールな月面三段飛び蹴りの意味はあるのでしょうか?」と説明しています。
あと、プレイヤーへ選択を与えることに関してですが、その選択がよいということはおおかた一般には認められていることなのですが、ゲームに損害をこうむる場合は、そうではありません。再度引用します: 「...本題に戻れば、1つ選び出してそれを自分のデザインで卓越したものにしなければ、良くも悪くもない3〜4つの選択になってしまいます。EQは一人称視点でそれを行うことに決めた結果、明らかに一人称で作られた特色は三人称ではあまり満足にプレイできなかった ... 私達は三人称でそれを行っています。どちらのモードでも同じく遊べるゲームは、不幸にもとても面白みのないゲームになるでしょう。」
ですから、私達がゲームの完成へ近づくにつれ三人称が最高の体験となる方法でデザインされていることを知り、それは今現在、視点を追加し、完全にさせ、バランスをとる時間を費やすことは効率的ではありません... 特に私達がPvPの要素を持つことを考えれば、ゲームバランスを取ることは、それ以上に重要なことなのです。
正直を言えば私はプログラマではないので、すぐに問題となりうることは何も知りません。ただ、それは真剣に考えられたことなら私は確かに知っていますし、決断の前にそれを導入するための時間がある程度あったと確かに思います。2つの選択を同じように動作させるのに時間を割くよりもむしろ、私達はゲームのためを思って1つの選択を選び、その選択の完全動作を確かにする必要があったのです。
また、自由なカメラ動作を持てば、自分の背後を常に見る必要がないことも考えてください。ズームイン/アウト、そして正面を見るためにキャラクタにまわり込むことも同様に出来ます... またあなたが選べば、カメラを上に引き上げ、見下ろし型の視点でプレイすることさえ出来るでしょう。それは三人称視点なのですが、融通の利くものなのです。
彼らの好むカメラ視点についての気持ちを変えられるとは思いませんが、少なくとも私達の決断した選択の理由が少しは明白になったかと思います。:)